血の繋がった他人方式
私が生まれ育った環境は、他の人とはちょっと違うのかもしれない。
言ってしまえば、通常の親子関係とはちょっと異なり、私はそれを血の繋がった他人方式と呼んでいる。
別に虐待されて施設で暮らしてきたとかそういう事もないし、別段私が過ごしてきた環境が特別だったという認識をしたのは、成人を迎えて以降ぐらいである。
私から見たら、友人とかの家は過保護に育てられているなって思っていたぐらいだ。
血の繋がった他人方式における例を幾つか挙げてみよう。
- 勉強はしたいならすればいいし、したくないなら中卒で働いて家に居る限りは食費等を納めることを中学入学当初から言われる。(もちろん塾なんて論外です)
- 小遣いが足りないのであれば自分で何かしら稼ぐ方法を見つけ出さないといけない(因みに中学時代は給食の箸等は持参しなければいけなかったので、割り箸を売ってました)
- 視力が下がっても、それは自己責任だからという事で、自腹でメガネも購入
- 虫歯になっても、自己責任だから自腹で医療費を支払う
- 家事を手伝ったら、それに見合う報酬を受け取る
- 自分が責任をとれるのであれば何をしてもよい(何かあっても親は助けない)
- 親からお金を借りる際にも返済計画と利子を支払う
- 夜間、深夜に外出しても別に何も咎められない
- 世帯を持って、家を購入しても特に補助されない
- 遺産を残さないよう、年金などの収入をほぼ全額消費している。
簡単に列挙しただけでも実親なのか?と言われる様な事が幾つもある。
しかし私にとってはそれが逆によかったのかもしれない。過干渉される事もなかったし、今も過干渉されないので。
両親にはもし私の目の前で倒れた時には、静かになる(タヒぬ)まで放置すると伝えてある。寝たきりになってまで生き長らえさせる事を私は正としないし、親もそうであると考えているからである。
だからこそ、身体の動く限り親がどのように遊んでいたりしても干渉する事もないし、それが私にとっての親孝行である。